創業ストーリー

「ほんとうの自分」で生きることは、 むずかしくって、面白い

はじめまして。
BowL代表の荷川取です。
私は、外資系生命保険会社の沖縄支店長として
働いていた35歳のとき、45歳で独立しようと決めました。
迎えた10年後、隣にいたのは友人でした。
彼は、うつ病を患って休職しながら、復職を望んでいました。

彼がうつになった背景に何があるのか。
この問いを自らの職業経験に照らしたときに、
金銭的な報酬や役職、福利厚生といった条件だけでは測れない
「職く場」の難しさ、奥深さが心に浮かびました。

誰の中にもいる「ほんとうの自分」は、
仕事や人生を、もっとよくできると信じています。
誰もが、自分の仕事や人生をより豊かにする力を持っています。
しかし、その力が発揮されているとは限りません。
環境との相性や、自分自身のマインドセットによって、
眠っていることも多いのです。

友人の存在がきっかけとなり、私は
それまで組織の中でリーダーとして注力していた
「より多くの人が、自らの人生や仕事をより豊かにする力を
発揮している状態に導くサポート」を、うつ病の方々の社会復帰に
生かして仕事にしようと決めました。

そうして生まれたのが、リワーク支援と
BowLという会社です。

BowLを誕生に導いたのは、
私が仕事と人生を通して得てきた「問い」です。
本ページでは、3つ「問い」とともに、ひとりの人間が
紡いできたストーリーをお届けいたします。

長くなりますが、お読みいただければきっと
BowLをご利用いただいたり、関わっていただく上での
ヒントになると信じています。

問い1 | 社員はなぜやる気をなくし、やがて辞めるのか?

私は、22歳で外資系生命保険会社に入社しました。

いち営業パーソンとして能力が開花し、営業成績を上げられるようになると、次はリーダーとしての働きが求められるようになります。
ところが、チームリーダーとしては通用しなかった。

数字のプレッシャーから成果を大事にすると、一時的に数字はつくれるけれども継続しない。私は部下のモチベーションを上げる努力を続けました。しかし、一生懸命サポートすると成果が上がるけれども、やめると崩れる。そして、一定数は必ず辞めていく。この繰り返しでした。
人員補充のための採用を続けるうちに、
「この人、今はやる気だけれど、そのうち辞めるんだろうな」と寂しい気持ちで面接をするようになっていきました。

どうしたらいいんだろう?と考えてもわからない。沖縄の人間だから沖縄の人を理解しているつもりだったけれど、何か自分の中で足りないことがあるんだろうという20代でした。

今振り返れば、成果をあげるノウハウは持っていたけれど、人を大事にしていなかった。次第に「沖縄の人を理解できていないからだ」と気づき、理解しようと努めましたが現実は変わらずにいた折、山一証券破綻の影響で県外勤務の辞令がくだりました。

問い2 | 沖縄の人間に、何ができるんだろう?

31歳からの3年半、私は鹿児島、奄美大島、広島、横浜の支店で修行をしました。県外に出て、さまざまな環境でさまざまな先輩や同僚と働く中で「自分は『沖縄の人』というより『人間』を理解してない」とわかった。人間は人間。沖縄の人も県外の人も、同じでした。35歳で幹部となり、首都圏で組織の中心を担わないかとオファーされたとき、「沖縄に帰ろう。沖縄で問い残した『沖縄の人間に何ができる?』をもう一度やってみよう」と決めました。

35歳で支店長として沖縄に帰って始めたのは、チームのメンバーとビジョンを共有すること。成果を上げられるかどうかだけではなくて、自分のことも相手のことも、ちゃんと理解している状態を大事にしたかった。支店長だった10年間、私は毎日、チームのみんなへメールを出し続けました。

昔は、スキルとして身につけたコミュニケーションをとっていました。表面的に褒めたり、競争意識を植えつけて相手を手なづけるようなやり方でなんとなくうまくやれても、人間理解とは程遠い。たとえセオリーに沿っていなくても、ひとりひとりととことん向き合って、話をすることから始めました。ごまかす人やいい仕事のしかたをしていない人に対しても真摯に向き合ったところ、はじめにいた50名のうち、20名ほどは退職しました。そこからリクルートして、共鳴してくれた人がリーダーに育ってくれて、強い組織になった。ノウハウどおりの機械論的な組織づくりではなく、本当に続けようとする人をひとりひとり見守り、ケアすることで組織全体で芽が出るように1-2年続けた結果、優等生のような組織ができたのです。気づけば全国的にも有名になり、社内講演に呼ばれて組織づくりの話をするようになっていました。

そんな折、リーマンショックが起こります。

会社は同業他社に身売りされ、それまでとは真逆の「個性はいらない」という方針に変わりました。支店長として会社に貢献するには、新しい方針を50人の部下に浸透させなければならない。しかし、自分たちチームが大事にしてきたこととは真逆であり、職務を全うするには自分と仲間に嘘をつかなければなりません。それでもなんとか組織人としての責務を全うしようとして働きながら、会社とは違う未来を考えている自分に気付いていました。違和感が麻痺していくのが怖くなり、「45歳で会社を辞めて自分がやりたいことを軸にセカンドキャリアをつくろう」と、ずっと思い描いていたことを実行することに決めました。会社が合併されたのは1月。4ヶ月後の5月に、45歳を迎えるタイミングでした。

問い3 | これからの社会に何をするのか、誰とするのか?

辞めて新しく始めることを決めた時点では、何をするか全くイメージがありませんでした。

転機になったのは、沖縄で開催されたライフネット生命保険株式会社の創業者 岩瀬大輔さんの講演会でした。

岩瀬さんから「これからの社会に何をするのか、誰とするのか」と問いをもらい、自問自答が始まります。その時、私の友人がうつ病で休職していました。彼とは月に1度は飲みに行って、励ましあったりしながら苦しんでいるのを見ていた。自分が会社を辞めることを伝えながら彼を見たとき、ふと何かが閃いて尋ねたんです。「復職したいと思ってる?」と。

すると、彼は「復職したい」と言う。だけど、震えているし、会話もぎこちないし、メンタルもネガティブで「死にたい」って口にするような状態で、本当に仕事に戻れると思えるのかな?と疑問がわいた。聞けば、ある公的機関でリワーク支援というものを提供していて、そこに通っていると言う。「楽しい?」「できなかったことが、できるようになってる?」と質問を重ねると、「全然できていない」「あまり行きたくない」という答えでした。

「そうなんだ・・・」と彼の役に立つようなイメージで仕事をつくれたら面白いけれど、まだぼやけていて、その場の会話はそれで終わりました。

その後、「社会に何をする?」という問いを一人の時間にどんどんどんどん考えていって、30人ぐらいの経営者や仲間をリストアップし、辞めることを報告しながら「会社って大変?」とか「どのくらいお金があったらいいんですか?」と尋ね歩いて。そうするうちに、だんだん「社会に何かするなら、友人が社会復帰できるシステムがつくれないかな」と思いやイメージがはっきりしていきました。事業化できるか全くの未知数だったので、彼自身はいずれ休職中の会社に戻ることを前提に「一緒につくってみない?」と電話した。

友人の返事がNOだったら止める覚悟だったのですが、「面白いんじゃない?一緒につくってみる?」と言ってくれたので、そこから週1回のミーティングをつくり、どうやったらお金になるか考え始めました。

BowLはBridge Okinawa With Lifeの頭文字。「沖縄から、人生を一緒に生きる架け橋になったらいいよね。受け皿の意味もある。どう思う?」「いいね」と2人で興奮して。

私の中には、「成果主義でヒエラルキー型の組織にいた自分という人間だからこそ、できるかもしれない。」「人間理解を追求したことで、メンバーをキャリアアップさせることができている。うつ病の人を組織に戻すことも、ある意味ではキャリアアップなのではないか」と、何か確信めいたものがありました。

大企業の沖縄支店長というポジションやつくりあげたチームには、未練はありませんでした。そもそも、築き上げたのが自分のものっていう感覚があまりない。私にもエゴはもちろんありますが、あまり長続きしない。それよりも、閃きが落ちてきたら迷いがない。閃きは、一生に何度もあることではありません。20代からずっとずっと考えて、大事にしてきた「人間理解」が、「社会に何をする?」という問いと出会って、天命といえば大げさですが、答えがふわっと舞い降りたような感覚でした。

その後は、友人が通っていたリワーク施設が元気になるような空間ではなかったので、「こういった場を人が行きやすい雰囲気でつくれないかな」とイメージしたり。介護施設を運営するNPO法人代表に相談し、「障害者支援法の制度があるから使えるかも」との情報を手がかりに調べていったり。調査の結果、頭の中に思い描いていたことを、まるごとそのまま、すでに事業化している人が東京にいました。アポイントを断られてなかなか会えなかったのですが、なんとか頼み込んで30分だけ時間をもらい、経営の仕組みや制度利用の条件など、何から何まで教えてもらいました。

 

こうして45歳になる5月、BowLはスタートしました。

うつ病の人をケアすることが、本当にできるのか。不安がよぎるたびに、隣にいてくれた友人が支えになってくれました。彼は今、もともとの希望通り、会社に復職して元気に働いています。